電話もならず静かな暮らしを送れていい生活だなぁ。
つって。
6月4日履歴書速達でそっから
電話を待ち続け、本日6月14日何も連絡なかった。
ここは、面接までは余裕。たぶん合格するだろうと思ってたのに。
つーか、こんな求人、こんなヘボ求人まぁ落ちても受かってもいいや、
受かってから行くか辞退するか考えよう。
だなんて考えていたのに、こうも連絡がないと、
その間に求人ながめてたら、なんていい求人何だこの求人はぁ・・・。
私のレベルにはこれしかないんじゃないか。
なんだか待遇とかもはじめ思ってたよりバッチリじゃね?
って考えになってきて、
だんだんこの求人が愛(いと)おしくなってきた。(心理的に?汗)
でも、連絡がいっこうに来ない。求人受けてるのは(特殊な資格が必要な求人なので)私だけのはずだし。
書類の時点で、不採用でも不採用通知くらい送ってくれてもいいのに。
とりあえず、万が一のこともあるので月曜にハロワに行ってハロワの職員にでもこの件を問い合わせてみようと思う。
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<心理的な不眠の兆し再来>
心の奥底で、まだ何かの間違いだ。まだ電話来るかもしれないとか、思っていて、
もういい加減10日たつし。
あーもうこの求人ダメなんだ。落ちたんだと心の中で認めたとたん、
また微妙に不眠みぎみなってきた。
今日の早朝は、またドキッっと動悸がしてハッと覚醒してしまった。その後寝れたけど。
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<無職というのは、車輪のない自転車をこいでるようなもんだ。>
こうして、ブログで就職出来てないという醜態を細かく具体的にさらすことによって、
チャットでは、これみたのか嫌な感じでウダウダ言われたりして。
それにいたいしてイラついたりして自分の精神をブレさせることにもつながっている。
(アドバイス・応援と嫌み・ストレス発散名目というのかそういうのは、文字が同じでもどっちを言ってるかは人だから分かるものなのです。)
宿題しなさいと言われる子どものように「わかってるよ!今からするところ!」みたいなこんな感情になるけど、
なんか投げやりに?「仕事しろ」なんて言われて嫌な気持ちになることあるけど、
思えば「仕事しろ」って言葉は、すごい根源に近いことを言っていて的確だ、
どこどこで何何をしろって言葉の方が、
仕事探ししてる不特定多数に出す指示としては不適格な可能性が高い。
ちょっとずつでも進めばいつか大きな実りになる。というが、
無職というのは、車輪のない自転車をこいでるようなもんだ。
車輪となる、会社や仕事場を見つけないと、
無職というのは、車輪のない自転車を一生懸命こいでるような感覚だ。
一生懸命こペダルをこごうとごがまいと、
実質すすんだ距離は変わらない。
会社という車輪がついてようやく、ちょっとずつでも進んでいつかは大きな実りになるって感じだ。
しかし、
車輪のない自転車を一生懸命こぐことが、あるとないとでは、
得るものが違う。
違うのだけれど、本当にごくわずかにしか違わない。他人から見たら本当に変わらない。
それでも必死にペダルをこぐのだけれど、
どうしても他人からはその姿が、
とんでもなく無様で、
そして、哀れに見えるし、見られるのだ。
「車輪のないチャリに乗って、「前に進むぞ!」って一生懸命ペダルをこいでいるんだから。」
それは、滑稽(こっけい)だ。
そのうちに途中で、人が注意して来たり、興味本位でよってきたり、
アドバイスをくれる装いでただ自分の自慢をしてきたりする。
それが、たまたま会社やとりあえずボチボチ働いてる人だったり、
家庭に入って職というエリアに身を置いてない人だったり、
中には働いたことも、勤労する年齢でもない子どもだったりもする。
全然違うエリアの人からも、さげすま【蔑む(さげすむ)・・・意味:自分よりひどく劣ったものと見てバカにする】されたりするし、
でも、そこで変にカンシャクおこして怒ったりしても、「あーこいつはこんなんだからダメなんだ(笑)」とさらに見下されて、かえって面白くなくなるから、
言う事すべてに対して、「あーそうなんでうすか。」「そうなんですよねぇ。」「へええ。」「私はダメだから。へえ~すごいですねー。」とヘラヘラとヘコヘコその場を相手の気持ちいいように接して、向こうからしたら、アドバイスや指導のつもりでいいよってるのだろうけど、
かえってこっちが接待してる気分になる。
それは、マイナスのうえにさらに自分をディスカウントして、マイナスにこびへつらう。向こうのアドバイスのエネルギーよりも私の接待エネルギーの方が数倍エネルギーを使う羽目になってる気分なる。
でも、これらだって、アドバイスや応援としてすごいうれしく感じているときにも、
早くこの話終わってくれないかなって思ってる時にも、
どっちの時にも似たようなリアクションをしてしまう自分がいる。
無職というのは、車輪のない自転車をこいでるようなもんで、
「時に人と違う何らかの苦痛」というものは、車輪のない自転車をこいでるようなもんで、
無職というのは、車輪のない自転車をこいでるようなもんで、
ぜんぜん進まないなかで、必死にこいで
その姿は笑われたりさげすまされ、その途中にさげすむ人には接待をして、応援してくれる人にはありがとうと思って。
余計な付属品がどんどん考えを邪魔して私の心をねじまけて、
それでも、ペダルこいで
やっと何か分かるような気分になれる。というレベルに
進むのが遅い。ゲームのハメワザくらってる状態だ。
でも、職が決まれば一瞬で脱出できる。

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